「生成AIのローカルシフト」が始まる。インテル鈴木社長に聞く「デジタル化のHowがない日本」の脱出

2023年12月の国内向け発表で半導体のシリコンウェハーを掲げる鈴木氏

2023年12月の国内向け発表で高価な半導体のシリコンウェハーを掲げる鈴木氏。

撮影:Business Insider Japan

インテルは2023年末のグローバル発表で「AI Everywhere」のキャッチコピーを掲げ、あらゆるプラットフォームにAIが浸透することによって、変わるコンピュータの使い方を示した。

2024年のビジネス現場では、AIを道具として業務に取り入れる「AIシフト」がさらに加速するはずだ。

AI Everywhereを打ち出したインテルの国内ビジネスの展望、教育分野などへの「先行投資」としての社会貢献活動を、インテル日本法人社長 鈴木国正氏に聞く。

(聞き手・Business Insider Japan編集長 伊藤有 文、構成・房野麻子)


生成AIの本格的な「ローカルシフト」が起こる

インテル日本法人社長 鈴木国正氏。

インテル日本法人社長 鈴木国正氏。

撮影:稲垣純也

鈴木国正社長:2023年12月、インテルは、データセンターからクラウド、ネットワーク、エッジ、そしてPCまで、プラットフォームを問わずAIを利用可能にする「AI Everywhere」というコンセプトとAI製品ポートフォリオを発表しています。

あらゆるプラットフォームにAIが入り込み、利用できる「AI Everywhere」戦略

あらゆるプラットフォームにAIが入り込み、利用できる「AI Everywhere」戦略。

出典:インテル

これは、インテルが考えるAI文化への貢献だと思っています。

今、クラウドベースAIから専門用語で言う「推論のローカルシフト※」が起こっています。

※ネットを介さずにPCなどの手元のマシンのなかで、AIを処理させること。生成AIの利用が念頭にある。2023年時点では生成AIはクラウド上で使うことが主流。AIにデータを学ばせる「学習」に対して、AIの知識を使うことを「推論」と言う。

クラウドからエッジ、コネクティビティ(通信)、PC(クライアント)へと、AIの学習モデルが手元にやってきて、手元でデータを扱える使い勝手の良い環境をインテルは作ろうとしています。インテルの役割は、AI Everywhere、AIをあらゆるところに浸透させていくことであり、同時にAIを民主化することだと思います。

民主化とは何かというと、「オープンエコシステム」です。これが非常に重要です。

オープンで、多くの人の知恵とインダストリーでAIを広げていくことです。コンピューターが民主化されたことをAIでも実現したい。それを、AIの民主化、AI Everywhereと表現しています。

AI PCで実現されること

鈴木国正氏

撮影:稲垣純也

AI PCの場合は、NPU(ニューラル・プロセッシング・ユニット、人工知能処理に特化した半導体)を導入することによって電力がセーブされ、パフォーマンスも上がります。インテルはプロセッシングユニットを作る会社ではありますが、GPU、CPU、NPUの3つのプロセッシングユニットでパフォーマンスが高く、低消費電力なAI PCを作り、アプリケーション開発者をどんどん招き、いろんなものを生み出していくことがインテルの役割です。

これはAI PCの話ですが、今、LLM(大規模言語モデル)でも同じことが起きています。

従来、LLMはクラウドで処理していました。例えばグーグルのPaLMは5400億パラメーターという巨大な規模でやっていますが、それがもう、今は小さな規模で速く処理する方向にシフトしていっています。

メタ(旧フェイスブック)の「LLaMA2」という大規模言語モデルは大小異なるパラメーター数で3つのサイズが提供されていますし、NTTの「tsuzumi」は6億の超軽量版と70億の軽量版があり、超軽量版はCPUで動作します。推論のローカルシフトは大きな流れです。

ボストン コンサルティングの「ローカル生成AI」導入例が示すもの

ローカルシフトという意味合いでは、インテルとボストンコンサルティンググループ(BCG)の協業も例となるでしょう。

BCGはインテルのハードウェア、ソフトウェアを用いた生成AIを活用しています。具体的には「Habana Gaudi」というインテルのAIアクセラレータを使い、エンタープライズ向けにカスタム生成AIモデルを共同開発しています。ユーザーデータを守るためには、共同開発をする弊社でさえ直接ユーザーの情報に触れないことが肝心で、まさに万全を期して、プライベート環境内で学習と推論処理を実施しています。

BCGにはコンサルティングファームならではの、50年以上蓄積してきたナレッジデータベースがあります。それにパブリックデータを組み合わせ、BCGの社員は自然言語チャットボットを使って情報を取得、要約できるようになりました。業務改善に目覚ましい効果が出ています。

弊社インテルのCEO、パット・ゲルシンガーは、シリコンとエコノミーを組み合わせた「Siliconomy(シリコノミー)」という言葉を使って、半導体の影響力がさまざまな分野で増大する世界を予想しています。

半導体の影響力が増す「シリコノミー」な世界。

半導体の影響力が増す「シリコノミー」な世界。

出典:インテル

この先、2030年までに世界の半導体産業は1兆ドル規模に達しますが、2025年までに半導体需要の20%はAI関連のチップになると予測しています。

AI関連は20~30%で、残り70%はそのほかのチップになるでしょう。

AI関連が(思ったより)少ないと思いますか? 電気自動車を例にすると分かると思いますが、現時点で最新の自動車は約3000チップ使われています。自動運転になったら2倍になる、でも全部がAIではないですよね。そういうイメージで見ています。

私自身は、シリコノミーという言葉は、インテルのインダストリー成長への貢献の姿勢を示していると思っています。

というのも、需要を供給がキャッチアップできなかった2、3年前を思い出していただくと分かるように、世界中が半導体不足でおかしくなりました。日本では湯沸かし器も品不足になりました。何百万円、何千万円するような自動車も、その中のたった1ドルのチップがないために動かせなかった。

需要に対してきちんと供給しなければならないという責任、AI Everywhereをしっかりやっていかないといけないという責任、シリコノミーの時代にシリコン屋としての責任を強烈に感じているという宣言なのです。

戸田東小学校で取り組んだ「本当のデジタル教育」の手応え

私がインテル日本法人社長に着任して5年以上経ちますが、当時から日本のデジタル人材不足については強い危機意識を持っていました。

ただ、取り組みの「点を線」に、「線を面展開」にと広げていくことは非常に難しいことです。

とはいえ、最近は手応えを感じています。

IMDによる世界デジタル競争力ランキングにおける日本の順位

IMDによる世界デジタル競争力ランキングにおける日本の順位。

出典: IMD 世界競争力センター

上に示したスライドの右側はひどいものですが、左側、つまり環境は整っています。「高等教育での教員一人当たりの学生数」で3位というのは、教育現場には教師が豊かにいるということ。豊かな環境はあるのに、内容がないからデジタル化が進まない。いわば、「Howがなっていない」のです。

右側の順位ばかり気になって私も危機意識を持っていましたが、日本の優位性は(左のように)いくらでもあるわけです。それを具現化するためにインテルは地道な活動をしています。

インテルの人材開発、教育への取り組み

インテルの人材開発、教育への取り組み。2023年にはパートナーの協力で18校に展開した。

出典:インテル

例えば「STEAM Lab」。最初は埼玉県戸田東小学校・中学校で実施した取り組みです。学校にSTEAM Labという教室を1つ作りました。ここにはハイパワーのPCやグラフィック性能の高いモニター、3Dプリンターを置き、Adobeの協力を得て、クリエイティブ系のソフトウェアも揃えました。

興味を持ち始めた子どもたちはすごいです。最初は先生が教えなきゃいけない感じでしたが、そのうち子どもたちがお互いに教え合うようになった。特に小学生の変化には驚かされます。

例えば、部活の内容を映像に撮って紹介しようとなると、撮影方法や高度な動画編集技術を勉強して、さらにそれを発表会でプレゼンテーションするわけです。CADすら使いこなしている。本当にトップランナーの教育です。

さらには政府が「DXハイスクール」への投資を発表し、インテルもパートナーとともに協力します。文科省は「インテルの働き掛けもあって予算計上となった」と直々に連絡をくれました。これには手応えを感じています。でも、それはほんの一歩です。

経済団体の内部から「企業のDXを推進」する

鈴木国正氏

撮影:稲垣純也

私は、経済同友会の代表幹事 新浪剛史さんに任命されて、「企業のDX推進委員会」の委員長を伊藤穰一さんと共に務めています。

伊藤さんとは旧知の間柄で、彼はテクノロジーのエヴァンジェリストとして、DXにおけるテクノロジー部分、私は経営者としての経験から、経営の中でのDXを担当しています。

伊藤さんと2人で話したのは、今までの旧態依然とした経済同友会のあり方に、ちょっとスパイスを効かせようということ。そこで2つのことに取り組んでいいます。

1つは委員会の活動が終わっても残るコミュニティを作ること。委員会でいろんな講義をして勉強になりましたね、政府への提言を書きましたね、で終わるのはもったいない。

2つ目は、ただ講義をするだけではなくて、「触る」「経験する」ということ。

例えば、実際にNFCのトークンを発行して、委員会に出席していた人たちにトークンを1個ずつ配りました。後で何かに使えるようにしようとも考えています。

また、マイクロソフトの人に来てもらって、Azure OpenAI Serviceを実際に触りながら勉強もしました。実際に体験することで、トークンの意味やプロンプトの出し方も具体的に理解できる。委員自ら体験することが、この委員会の特徴です。

ちなみに生成AIについての講義は、早々にもう一度やるつもりです。生成AIの環境は半年前とはまるで変わりました。企業、個人にかかわらず、ユーザーの意識、体験が変わってきています。その意味でもコミュニティは大事。テクノロジーはどんどん進化し、DX推進の意識もどんどん変わります。

委員会が閉じてしまってもコミュニティはずっと続く、そこに意味がある。

「コミュニティ」と「触って体験する」、この2つを実行することで、企業のDX推進のとっかかりにしたいと考えています。1年間で企業のDXが急に進むとは考えにくい。でも、(企業人の)コミュニティあれば、何かの刺激剤になるかもしれない。

学校のSTEAM Labのように、点に過ぎないかもしれないけれど、人材が集まってやりとりする場所がつながっていくと、日本にとっては非常に重要な刺激になる。エヴァンジェライズできるコミュニティ、インフルエンスできるコミュニティになってくれることを期待しています。

経済同友会は経営者層が多いのは確かですが、デジタルに強いスタートアップ企業も多い。デジタルランゲージがよく分かる人もいるし、そういうものを勉強しようとしている経営者も多い。大企業もあれば小さな企業もある。そういうダイバーシティがある点も経済同友会の良いところですね。それがコミュニティにも生きればいいなと思っています。

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