日本ではなぜ「グリーン人材」育成が難しいのか。3Mとアクセンチュアのキーパーソンが解決策を語る

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3Mは、日常生活用品からエレクトロニクスに至るまで多岐にわたる分野で、常に持続可能性に配慮しながら製品を開発している。だが、日本企業全体に目線を移すと、いまだ脱炭素社会の実現に至る道筋は見えていない。

日本企業はいかにグリーンイノベーションを起こすべきか。

経営層の意識、グリーン人材育成の課題などについて、グリーンジョブに関する調査や企業の支援を行うアクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 サステナビリティグループの佐藤雅望氏と、スリーエム ジャパンのコーポレートR&Dオペレーション統轄��術部長の宇田川敦志氏が対談した。

日本のトップ企業で2050年にネットゼロを見込めるのはわずか15%

——脱炭素社会の実現に向けて、日本の現状をどのように認識していますか。

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佐藤雅望(さとう・もとみ)氏/アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 サステナビリティグループ マネジング・ディレクター。東京大学大学院工学系研究科修了。他コンサルティングファームを経て現職。公共、民間企業を問わず幅広い業界における変革を支援し、サステナビリティに関する戦略立案や新規事業立ち上げに従事。

佐藤雅望氏(以下、佐藤) 2023年4月にアクセンチュアがグローバルの売上トップ2000社の経営幹部を対象に実施した調査によると、2050年にネットゼロを目標としている企業はわずか37%。そのうち目標達成が見込める企業は18%でした。

日本企業だけに絞って見てみると、57%が目標を立てていますが、目標達成が見込める企業は世界平均よりも低い15%でした。

「取り組まなければ」という思いはあるものの施策が足りていないため、さらなるイノベーションが必要だという実情が見て取れます。

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宇田川敦志(うだがわ・あつし)氏/スリーエム ジャパン イノベーションコーポレートR&Dオペレーション 統轄技術部長。1987年に住友スリーエム*1に入社、コマーシャルグラフィックス事業部 兼 コンストラクションマーケット事業部 技術部長やコーポレートリサーチラボラトリー統轄技術部長を経て、2021年より現職。社外においても東京科学大学(東京工業大学)非常勤講師、OIST(沖縄科学技術大学院大学)POC Program reviewer & Venture mentorなどを務めている。※1 2014年9月にスリーエム ジャパンへ社名変更

宇田川敦志氏(以下、宇田川) 私個人としても、今すぐに手を打たなければどんどん悪化するという危機感を持っています。そのなかで3Mは、2050年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げ、2030年には温室効果ガス排出量50%削減を実現させる計画を立てました。

そんな中で我々もイノベーションの必要性を感じていて、建築、エネルギー、自動車の電動化、カーボンキャプチャー(二酸化炭素の回収)、水素経済などの注力分野で技術の投資を進めています

佐藤 さまざまな分野からアプローチされているんですね。

宇田川 ただそれは「ネットゼロのために新しい技術を開発する」ということではなく、今持っている技術や人材をベースに、お客様の課題を解決することで、結果としてサステナビリティに寄与していくという考え方がベースにあります。

そのうえで、3Mの価値を、気候テック、サステナブルな梱包、産業オートメーション、半導体&データセンターといった新しいマーケットにも示していきたいと考えているんです。

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佐藤 宇田川さんがおっしゃるように、既存の仕事にサステナビリティの視点を取り込んでいくことは重要だと思います。そのためには、まず経営層がサステナビリティを事業に組み入れるという方針を打ち出す必要があるでしょう。

前述した弊社の調査結果のように、施策が足りない、そもそも目標を立てていないという現状を踏まえると、経営層のコミットがまだ不十分な企業が多い印象です。

経営層がコミットすることで初めて、人材がサステナビリティの視点を事業に組み入れる検討をしたり、それを実現するためのスキルを身に着けたり、それが可能な人材を雇用したりする。そのアクションを繰り返していくことで、変革の確度を上げていくことができると考えています。

宇田川 おっしゃる通りですね。トップマネジメントがお客様や投資家など外部だけでなく、社員に対して会社が向かうべき方向を発信し、メンバーが腹落ちして動くことが課題解決のためのモチベーションアップにつながります。

3Mでは、すでに1975年に「3M環境方針」を策定し、汚染の発生源を排除する環境プログラム「Pollution Prevention Pays(3P)」をスタートしました。また、1997年からは、研究開発から廃棄まで全製品のライフサイクルにおいて、「環境」「エネルギー・資源」「健康」「安全」「規制」の領域で基準に適合しているかを確認する「LCMシステム」を開始しています。

当社のサステナビリティへの取り組みはこのような長い歴史があり、すでに企業文化として根付いています。

すべての製品開発にサステナビリティ観点の説明を義務付ける

——環境に関する取り組みは、社内での評価につながっていますか。

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宇田川 はい。3Mでは、2019年からすべての新製品の商品化プロセスに「サステナビリティ・バリュー・コミットメント」を義務付けています。一人ひとりが、材料の責任ある調達、再利用性、廃棄物の削減、エネルギーなどの節約などについて考慮し、それを説明できなければ製品化は進められません。

また、3Mには、技術者が直接お客様と対話し、サステナビリティの観点において製品がどのように貢献できるか、議論しながら具体化するという文化があり、それをトップマネジメントがきちんと評価しています。

佐藤 サステナビリティに対する取り組みを評価につなげることは大切なことです。経営層のコミットがあったとしても、KPIが財務のみにフォーカスされ、非財務のKPIを設定していない企業は多くあります。非財務活動は事業活動と異なり、中長期的な貢献につながるケースが多いため、KPIとして設定しづらいことも事実ですが、取り組みを進めるには経営層のコミットを制度・目標に落とし込んで社内の行動原理を変える必要があります。

宇田川 ところで、アクセンチュアのレポート「グリーンエコノミー実現に向けてグリーンジョブを望む若者たち」では、APAC(アジア太平洋地域)の若者の77%が「今後10年以内にグリーンジョブに就きたい」と回答しています。一方日本では35%に止まっていることを指摘されていますが、日本におけるグリーンジョ��に対する認識不足について解決策はあるでしょうか。

佐藤 日本の若者がグリーンジョブに魅力を感じていない理由としては、産業が環境に与える影響を深刻には受け止めていないということ。また、戦略としてグリーンエコノミーへの移行を明確に提示している企業が多くないことから、グリーンジョブが専門的なスキルを必要とする魅力的なジョブであることが十分に理解されていないと考えられます。

日本企業は、グリーンエコノミーへの移行を明確にするとともに、イノベーションを生み出すグリーンジョブをデザインし、魅力的なグリーン化戦略を提示することが求められています。

——3Mではグリーン人材をどのように育成していますか。

宇田川 3Mには、材料、プロセス、デジタル、機能、アプリケーションに分類される49種のコア技術があり、それぞれに専門家がいます。

前述したように、製品開発にはサステナビリティを考慮することは当たり前として、それぞれの分野で人材を育てると同時に、技術と技術のコラボレーションによってイノベーションを起こすことも重視しています。すなわち、人材と人材のネットワーキングの構築もイノベーションのキーの1つと考えています。

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3Mのコア技術を表現した「テクノロジープラットフォーム」

3Mのイノベーションモデルは、コア技術を表す「テクノロジープラットフォーム」、お客様とのコンタクトや現場訪問から潜在的な課題を見出す「インサイト」、そして「コラボレーションカルチャー」の3つが組み合わさっています。コラボレーションカルチャーは、部門間の垣根をなくし、3Mの技術はすべてみんなのものとする考え方です。

佐藤 さまざまな技術、スキルを組み合わせることは、イノベーションを起こすうえでとても重要だと思います。

サステナビリティの次の潮流は、レスポンシブル・ビジネス

——アクセンチュアとしては、企業がさらに踏み込んで脱炭素社会の実現に貢献するためにどのようなアクションが必要だと考えますか。

佐藤 脱炭素社会は、単独企業の取り組みの集積では実現できないと考えています。既存の事業モデルを前提とした、エネルギーを変える、廃棄物を減らすなど対症療法的な施策では効果が限定的だからです。

バリューチェーン全体や業界を横断したエコシステム全体で取り組まなければなりません。そこへ踏み出すためには、技術のイノベーションだけでなく、ビジネスモデルのイノベーションが必要です。

宇田川 エコシステム全体での取り組みは本当に大事ですね。3Mは、ポジショニング的にエコシステムを作り出す立場ではなく、エコシステムを作るリーディングカンパニーのお客様に対してソリューションをご提案する立場。「Customer-inspired innovation(カスタマー・インスパイアードイノベーション=お客様からのインスピレーションを活かしたイノベーション)」を打ち出し、お客様が3Mの製品を使うことで温室効果ガスを削減するお手伝いをすることに努めています。

実際に、2022年だけで、当社のお客様は3M製品を使うことで、全世界で2060万トンのCO2相当量の排出を回避したと推定されています。地道ではありますが、エコシステムの中で我々がプレイヤーの一つとしてお役に立ち、それが大きなインパクトを与えることができればうれしいですね。

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3Mの取り組みの一例が、化学的に安定なガラスから作られた数十マイクロメートルサイズの微小中空ビーズ「3M グラスバブルズ」。次世代エネルギーとして注目されている液体水素を保管する際の貴重な液化ガスの気化を大幅に削減。熱伝導率、耐圧性、軽量化の点で大きな利点をもたらす。

佐藤 社会課題への向き合い方は、かつてはCSRとして、事業の収益とは結び付かない社会貢献活動とされてきましたが、現在はステークホルダーと対話しながら他社ともパートナーシップを結ぶESGの段階に入ってきています。

さらに一歩進めて、企業戦略の中核に据え、能動的に周囲とコラボレーションし社会課題を解決しながら、事業競争力を強化し安定的に成長していく「Responsible Business(レスポンシブル・ビジネス)」を我々は提唱していますが、3Mの事例はまさにレスポンシブル・ビジネスですね。

宇田川 ありがとうございます。お客様の課題を3Mが培ってきた技術で解決することで、お客様のビジネスが成功し、我々もビジネスチャンスをいただけることが理想です。これからも未来に向かって地に足がついた事業を行い、課題解決のための製品を提案し続けていきます。


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