敗訴の山口氏「立場を利用してない」、就活セクハラにTBSの責任は

ジャーナリストの伊藤詩織さんが元TBS記者の山口敬之氏から性的暴行を受けたとして、東京地方裁判所に1100万円の損害賠償を求めた裁判で、伊藤さんは勝訴した。330万円の支払いを命じられ、控訴の方針を示している山口氏は12月19日の記者会見で「自分の立場を利用して性行為に至ったわけでは全くない」と改めて強調。

当時、伊藤さんは就職活動中だった。不起訴になった経緯などから刑法の見直しも指摘されているが、労働法の専門家は本件を「就活セクハラの問題でもあり、労働立法の不備だ」とも指摘する。一体どういうことか。

不同意性交がレイプだとされていたら

伊藤詩織

12月19日、日本外国特派員協会の会見で記者の質問に答える伊藤詩織さん。国内外の多くのメディアが参加した。

撮影:竹下郁子

12月18日の東京地裁判決は伊藤さんの訴えを認め、「酩酊状態にあって意識のない原告に対し、合意のないまま本件行為に及んだ事実、意識を回復して性行為を拒絶したあとも体を押さえつけて性行為を継続しようとした事実を認めることができる」として、山口氏の不法行為を認定。山口氏に慰謝料など330万円の支払いを命じた。

山口氏は伊藤さんから名誉を毀損されたことで社会的信用や仕事を失ったとして、慰謝料1億3000万円や謝罪広告の掲載を求めて反訴していたが、棄却された。山口氏は控訴することを明らかにしている。

伊藤さんは2015年4月に警視庁に準強姦容疑(当時)で告訴状を提出したが、翌2016年7月に嫌疑不十分で不起訴に。検察審査会も「不起訴相当」と判断した経緯がある。

判決後の集会で伊藤さんは法改正にも触れた。2017年に改正された刑法は、施行から3年となる2020年をめどに必要に応じて見直すことになっている。

「判決で不同意(の性行為)だったことがきちんと認められました。不同意性交がレイプだという考えが今の刑法にあれば、私が経験したことも刑事事件でも違った結果が出ていたかもしれません。全てはもしもの話になりますが。

二度とこうしたことを起こさないために、今回起きたことを材料にして改善の材料に使っていただけたら、今回の民事裁判が本当に私にとって意味のあるものだと思えます」(伊藤さん)

被告は「職務上の上司となる可能性があった」

就活

ILO(国際労働機関)の「仕事の世界における暴力とハラスメント」に関する条約は、労働者だけでなく就職志望者や求職者も対象だ。

撮影:今村拓馬

今回の判決が浮き彫りにしたのは、刑法の課題だけはない。

伊藤さんは就職相談のために当時TBSのワシントン支局長だった山口氏と食事をし、意識を失った状態で性行為を受けたとしている。伊藤さんは当時、ロイターの日本支社でインターンをしながら就職先を探していた。つまり就職活動中の求職者が、企業側の雇用者から暴力を受けたことになる。

東京地裁の判決では、伊藤さんにとっての山口氏は「将来は職務上の上司となる可能性のあった」「原告の就職のあっせんを期待し得る立場にあった」などと表現されている。

職務上の地位を利用して性的な関係を強要することは、対価型セクシュアル・ハラスメントだ。

男女雇用機会均等法11条は企業などに対して、社員のセクハラを防止するための「措置義務」を課している。

例えば、

  • 相談窓口を設置し、事実確認を迅速かつ正確に確認すること
  • 事実確認ができた場合には、行為者(加害者)に対する措置(懲戒など)を適切に、また被害者に対する配慮の措置を速やかに行うこと
  • 再発防止に向けた措置を講ずること

などだ。

しかし、これは雇用された労働者が対象で、就職活動中の��生や求職者は保護されていない。厚生労働省は企業に新たなハラスメント対策を求めるべく指針を策定中だが、現在の指針案では就活生など労働者ではない人への対策は「望ましい取り組み」に止まり、実効性がないと批判されている。

パワー関係がアンバランスという構造的な問題

山口敬之

12月19日、会見する元TBS記者の山口敬之氏(真ん中)。

撮影:竹下郁子

報道などによると、判決を受けTBSは「元社員の在職中の事案であり、誠に遺憾です」とコメントしている。

就職活動中の人も保護する立法があり、TBSにも上記のような措置義務が課せられていれば、どうだっただろうか。Business Insider Japanは2月から就活セクハラの問題を報じてきた。就職の相談をするOB訪問などで食事、飲酒をし、性暴力を受けるケースは複数あった。

山口氏は判決後の12月18日の記者会見で、たとえ合意があったとしても、就活生と性行為をしたことについて適切だと思うかと聞かれ、「私は犯罪者かどうかで戦っている。意に反した性行為は一切していない。まず犯罪行為をしていないということ、そこをクリアにしない限り、私の当時の行動が正しかったかどうかに立ち至った発言をしても誤解を生むだけだ」と前置きをした上で、 

「あえて言えば、適切ではなかったと今は思っています」

と答えた。

なぜ適切ではなないのかという質問には、以下のように回答した。

「道義的な部分を掘り下げられても、お答えしません。私の犯罪ではない行動をあなたに詳細に謝罪する気もないし、ここで弁明する気もない。例えば『駅でゴミを捨てたじゃないか』と言われたとして『してないよ』『いやしました』、そういう議論を会見の場ですることは適切ではない。自分を守るためにも」(山口さん) 

TBS

shutterstock/TK Kurikawa

一方で伊藤さんは、同じく18日の判決後の会見で山口氏に伝えたいことを聞かれ、就活セクハラの問題にも触れながら、こう答えている。

「今後こういったことが起きないように、どんな構造的な問題があるのか、どういった状況でそうなったのかというところまで、向き合ってくれたら嬉しいなと思います。 

こういった性暴力やセクハラは、パワー関係がアンバランスなところで起きると思うので。最近では就活のセクハラについても取り上げられていますが、そういったところでいかにパワーが関わっているのかというところにも向き合っていただいて、一緒に解決できるようになったら嬉しいなと思っています」(伊藤さん)

労働法や職場のハラスメントに詳しい、労働政策研究・研修機構(JILPT)の内藤忍さんは、「本件は現在の労働立法にも大きく関係する話です」と言う。

「本件は原告がTBS入社を希望していたか否かにかかわらず、社員による求職者に対する暴力・ハラスメントの事案です。現行の指針案では求職者を対象から外していますが、それでは今回のようなケースは全くなくなりません。社員と求職者は社内の上司と部下の関係よりも力の差があり、保護が必要です。

今回伊藤さんはTBSを訴えていませんが、そもそも『事業の執行』、つまり仕事中の社員による社外の者に対する暴力やハラスメントは、民事訴訟では、企業がその損害に対し、民法715条の使用者責任を負います」(内藤さん)

内藤さんによると、どのような場合が「事業の執行」かについては裁判では広く解されてきており、就職先のあっせんを期待させる形で会っていた場合も、外形からみて職務の範囲とみられるとして、使用者の責任が認められる可能性があるという。

被害者心理に寄り添う判決

伊藤詩織

12月18日の東京地裁での判決言い渡し後に開かれた裁判報告集会で。

撮影:竹下郁子

伊藤さんの弁護団である村田智子弁護士は判決後の集会で、今回の判決を「性犯罪被害者の心理に理解がある」と評価した。その理由の1つとして、山口氏はその後も伊藤さんから、無事に戻ったかの確認やビザの件などを尋ねるメールが送られているのは、性行為が同意に基づいて行われたからだと主張していたが、東京地裁はそれを退けたことを挙げた。

東京地裁の認定について、村田弁護士は以下のように読み上げた。

「同意のない性交渉をされた者が、その事実をにわかに受け入れられず、それ以前の日常生活を変わらない振る舞いをすることは十分にあり得るところであり、原告のメールも被告と性交渉を行ったという事実を受け入れられず、従前の就職活動にかかるやり取りの延長として送られたものとみて不自然ではない。

原告が上記メールを送ったことにより、本件行為が原告の同意に基づくものであったことが推認されるということは出来ず、原告の供述の信用性に影響を及ぼすものとは認められない」

Business Insider Japanの調査では、就活セクハラ被害にあった人の7割以上が誰にも相談できないと回答している。その理由として上記のように被害にあった後の混乱から、加害者を気遣うようなメールやLINEを送ったり発言をしたため、告発を信じてもらえない不安があったと説明する人が複数いたからだ。

本件は就活セクハラの問題でもあり、その観点からも、東京地裁の認定は意味があるだろう。

(文・竹下郁子)

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