月面動力降下開始7分前、SLIMが最初の画像照合航法を実施。数秒後、航法カメラの撮像画像と画像照合航法結果が管制室画面に表示されました。訓練通り確認。オペレータからは"OK"のサイン。大丈夫、SLIMは完璧に自身の位置を把握している。私はそれらを確認し「よし」と強くコールしました。SLIMは動力降下開始直前3つの領域で画像照合航法を実施し、その成否が最終GO判断の大きなポイントとなりました。今回は地上側で画像照合航法の成否判断に重要な役割を果たした「画像航法支援系」に焦点を当てます。

SLIMのピンポイント着陸のキー技術のひとつが「画像照合航法」です。これによりSLIMは月軌道上での自身の位置を精密に把握し、自律的に軌道修正して降下していきます(詳細はISASニュース2022年9月号をご覧ください)。では、なぜ「画像航法支援系」という地上システムが開発されたのでしょうか?十分な検証・試験を通じて、当然我々は自信を持って画像照合航法をSLIMに搭載しています。しかしながら一発勝負の新規技術、万万が一、位置を誤認識したらSLIMは明後日の方向に飛んでいってしまいます。事前検討では、地上の計算機能力をフル活用すれば地上からコマンドを送ることで救えるケースがあることもわかりました。こうした背景からもしものときは可能な限り地上から救う、という思想で画像航法支援系の開発が始まりました。

図1

図1:動力降下開始直前、SLIMが月軌道上で画像照合航法を初めて成功させた瞬間の画像航法支援系画面。最も左が航法カメラ画像、その右が画像照合航法結果をもとに地上で自動生成した模擬画像。2つの中心が一致していることから、 画像照合航法が成功していると判断できる。

画像航法支援系の大きな役割は「搭載系の画像照合航法のモニタ」と「画像照合航法が万が一失敗した場合のコマンド送信」です。画像照合航法実施直後、ダウンリンクされた画像(図1 左)と照合結果から地上で生成した模擬画像(図1 左から2番目)の一致を見てその成否をオペレータ1が判断します。また、ダウンリンク画像を使って2つの独立した画像処理を地上の計算機で行い位置を推定した結果(図1 左から3, 4番目)の成否判断をオペレータ2,3が行います。そのオペレータ達の判断結果をもとにスーパーバイザがコマンド送信要否を判断、承認者が即座にダブルチェックし必要なら画像照合航法の結果を地上計算機の計算結果で上書きするようなコマンドを送ります。これらの一連の判断・動作を「5秒以内」に行います。半ば無茶に聞こえますが着陸シーケンスを成立させるにはこれ以上の時間はかけられません。そのため画像航法支援系には様々な工夫が込められています。例えば新規開発した運用画面には短時間での判断に必要かつ最低限の情報を詰め込んでいます。また、成否の判断が最小動作でできるよう専用のキーボードも導入しました。あとはひたすら模擬データを使った訓練を重ねて習熟を図りました。

図2

図2:(左)画面手前左からオペレータ3人、スーパーバイザ(筆者)と承認者。(右)画像航法支援系で使用していた専用キーボード。

運用本番では終始緊張を強いられたもののオペレータは訓練通り冷静かつ的確な判断を短時間で行うことができました。画像照合航法は7領域でそれぞれ2回ずつ、計14回実施しましたが、その全てが正しく動作していることを画像航法支援系の画面上で確認することができ、結果的に地上からコマンドで介入することはありませんでした。着陸目標点周辺には目立つクレータがいくつかあるのですが、上空500mで実施した最後の画像照合航法の際にそれらのクレータが訓練通り見えたときは本当にピンポイントで降りていることを確信しました。

他に類を見ない特殊なシステムとなった画像航法支援系。淡々と進んでいるように見えたSLIMの着陸シーケンスの裏側ではこうしたハラハラドキドキの運用があったのでした。

【 ISASニュース 2024年6月号(No.519) 掲載】